【帰国】アメリカ→成田の検疫・隔離などの体験談

まだアメリカでの出来事を記録しきれていませんが……
5月に赴任期間を終えて日本に帰国しました。
今後帰国する方の参考になればと思い、アメリカ→成田の帰国時の流れを簡単にまとめます。

なお、帰国後の流れや対応は随時変更があると思います。
こちらは既に最新の情報ではない部分もありますので、実際のご帰国の際には他の情報にも当たることをおすすめします。

搭乗便の変更

私と娘たちは予め『復路変更可能の航空券』を購入していました。
搭乗予定だった飛行機(直行便)が欠航になることが決まったので、経由便に変更。手数料はかかりませんでした。

アメリカ国内線

最寄り空港から成田行き便が出る空港まで、まずはアメリカの国内線に乗りました。こちらも2度ほど搭乗便が変更になりました。
乗客は20人もいなかったと思います。
早朝便だったこともあり、空港もガラガラでした。

成田行き国際線

成田行きのANAは乗客50人ほどに加えてANAの社員証を下げた方々が15人前後いらっしゃいました。

CAさんたちは機内サービスをマスクと手袋着用で行い、機内販売がない以外はいつも通りのサービス内容でした。
機内では質問表と要請書が配布されますので、飛行機を降りるまでに書いておく必要があります。

なお、私たちが帰国した5月上旬時点で帰国者に求められていることは、

  • PCR検査を受けること
  • 結果が出るまでは政府指定のホテルの部屋から出ないこと
  • 陰性になったら政府指定のホテルを出ること
  • 自主隔離先は自分で確保すること(ホテルの斡旋や料金の補助は無し)
  • 公共交通機関を使わず自主隔離先に移動すること
  • 帰国後14日間は外出せず自主隔離すること
  • こんな感じです。

    成田に着陸してから

    成田に着陸後、検査を受けてからの帰宅方法をCAさんが確認してまわるので、その種別で順番に飛行機を降りていきます。

    1. 国際線乗り継ぎの人
    2. 公共交通機関を使わず自宅に帰宅できる人
    3. 公共交通機関を使わないと帰宅できない人・自宅がない人

    私たちは3番目の『自宅がない人』なので、一番最後に降りました。
    着陸から1時間ちょっとした頃です。
    その間、機内オーディオは使えませんでしたが、ANAから飲み物のサービスがありました。
    降機後は検疫のエリアまで行き、書類確認ののちPCR検査実施。
    鼻の奥にぐぐっと綿棒を差し込まれるあれです。
    そして預け荷物を受け取り、入国審査と税関。
    『公共交通機関を使わず自宅に帰宅できる人』チームは検査結果を自宅で待つことができるため、ここで解放されるそうです。

    私たち『公共交通機関を使わないと帰宅できない人・自宅がない人』チームは、検査結果を政府指定のホテルで待つため、まずは段ボールで出来たベッドのある待機所へ行き、そこから順次バス移動していきます。
    段ボールベッドの待機所は撮影禁止と大きく貼り出されていました。
    バスへ乗ったのは、成田に着陸してから3時間後でした。

    移動用のバスはシートも窓も全部覆われていて、車内から外を見ることはできません。そしてどこへ連れて行かれるのかも知らされません。
    ホテルに到着してようやく「ここは何々ホテルです」と案内があります。
    バスの車内で注意事項の説明があり、その後部屋割りをしていきます。
    私たちは家族4人で入れる部屋を割り当てていただけました。
    部屋割りが終わった人からバスを降り、ホテルの裏口のようなところから入ります。

    検査結果待ちのホテル

    私たちは成田空港近くのホテルに2泊しました。
    到着の翌朝から3食お弁当を提供していただき、毎回手書きのメッセージが添えてありました。

    味はもちろんのこと、その心遣いにも感動しました。
    ある日はYoutubeのアドレスがQRコードで印字されていて、今年の桜の様子をまとめた動画を見ることができました。アメリカでも桜を見に行く予定が実現できなかったので、とても嬉しかったです。

    検査結果が出てから

    検査結果は、成田到着の翌々日の朝に伝えられました。
    家族全員陰性でした!
    そこから、成田空港や品川など方面別にシャトルバスが出ていますので、それに乗ってそれぞれの自主隔離先に行きます。

    自主隔離

    私たちが確保したのはキッチン付きの部屋で、家族4人で過ごすにはかなり手狭な部屋でした。
    しかし会社からの補助もほぼなく、広くて快適な部屋を選ぶと金銭的にきついため、なんとかこらえてそこで引きこもり生活をしました。
    正直言って子供たちにはかなりストレスの溜まる日々だったと思います。
    何せ居室部分はベッドの上しか体を伸ばせる部分がありませんでしたから(^^;;
    アメリカでも最後の2ヶ月間は外出禁止の引きこもり生活でしたが、それとはまた違った辛さがありました。
    キッチン付きとはいえ普段のように料理することはできませんので、包丁をなるべく使わず簡単にできるメニューで乗り切り、あとは日本の優秀な冷凍食品にも助けてもらいました。

    入国時に書いた書類には、帰国後14日間は自分で確保した自主隔離先から外出するなという風な記載がありますが、それに対する支援は一切ありません
    自宅ならまだしも、見知らぬ土地で一切外に出ずに食糧を確保するというのはなかなか難易度が高いことでした。
    お金持ちで自宅もある裕福な方なら何とかなるでしょう。
    しかし、私たちのような家もなければお金もなく会社からのサポートもない しがないブラック企業社員とその家族にはとてもキツかったです(^◇^;)

    こんな感じで、日本の帰国者への対応はあくまで『要請』で、個人の良識に任せられている部分が大きいものです。
    もし政府が2週間の隔離場所を指定してそこでまとめて隔離してくれたら、帰国者から家族や周りへの感染というケースは起きなかったのではないかと考えてしまいます。

    とはいえ、空港や検疫関係・ホテルなど帰国者を迎える現場で働く皆さんや、それをサポートする仕事に就く皆さん、たくさんの方のお陰で無事に入国できたことに変わりはありません。
    帰国者への対応に関わる全ての方に感謝申し上げます。ありがとうございました!

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